ニャチャン駅前の本屋
もちろん、ここニャチャンにもいくつか本屋はある。
しかし、どれも昔ながらの本屋で、並んでいるのは大抵TOEIC対策本、ベトナム旅行ガイド、学校の教科書、『ドラえもん』、『名探偵コナン』だから、もうすこし「カルチャー」を求める人間は、はるばるサイゴンまで出かけなくてはならない。
それがつい先日、ニャチャン駅前に初の大型書店がオープンしたという。
最近、ベトナム国内に書店や映画館を次々と展開しているフォンナム・カルチャー株式会社(PNC)の手によるものらしい。
さっそく夕方、仕事帰りに寄ってみた。
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まず外観。周囲にまったくマッチしない洗練されたデザイン。この前をシクロやバイクタクシーが駆け抜けていく。
玄関を入ると、正面をにぎやかに飾るベストセラーの棚。やはり若い作家の恋愛小説が多い。
海外小説の翻訳本も充実している。日本のものでは当然、ハルキ・ムラカミで、ほとんどの作品がベトナム語に翻訳されている。
ベトナムの本屋の定番「ホーおじさん(ホーチミン)」とベトナム戦記のコーナー。たぶん、書店経営に際して一定数の本を置くことが義務付けられているのだろう。実際に手に取る人はまずいない。
一方、人が集まるのはビジネス書、自己啓発本、そして児童書のコーナー。いまやどこの国も同じだ。
書棚の奥に追いやられたレーニンの顔がこころなしか寂しそうだ。マルクスは・・・少なくとも今日、私が探した限りでは見当たらなかった。
ちなみに私は、ベトナム国内で本屋に行くと、必ずタオの書いた本やタオについて解説した本がないか探してみるのだが、いまだかつて目にしたことがない。今日も見当たらなかった。
ハノイ生まれのベトナム人で、20世紀の哲学史の片隅にその名を残す、悲劇の哲学者チャン・デュク・タオ。
普通、第三世界出身で、旧宗主国フランスの哲学界で一目置かれるほどの哲学者がいたら間違いなく本国では国民的英雄だろう。
しかし、タオの場合、共産党にその思索活動を絶たれたという経緯からか(いちおう公式に復権したことになっているらしいが)、文化人の間でもあまりその名が口にされることはない。
思想書のコーナーの目立つところには、キルケゴールやフーコーの入門書が置いある。ここにはなかったが、リオタールやデリダの著作もベトナム語に訳されているらしい。
ベトナム語のサイトをdeconstructionで検索すると、いくつか若い人の運営しているブログサイトにヒットする(残念ながら、私の読解力では十分に理解できないが)。
彼らによってタオが<再発見>される日もそう遠くないだろう。
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というわけで、ようやくサイゴン並みの文化がニャチャンに入ってきたという感じだ。
でも、もうすぐここにある本のコピー本が路上に並ぶんだろうな。
それがベトナム。