サルトル (文庫クセジュ)

サルトル (文庫クセジュ)


 アニー・コーエン=ソラルは、『伝記サルトル』の著者であり、サルトル研究の第一人者であるらしい(「訳者あとがき」より)。先日紹介したBBCのドキュメンタリーにも出演している。

 本書で著者は、関係者へのインタビューや、未発表の資料にもとづいて、とかく戯画化されがちなサルトルの人生の諸エピソードを、可能な限り正確に記述しようとしている。個人的に印象に残ったのは、いわゆるサルトルカミュ論争(1952年)後、アルジェリア戦争に際しての両者の政治的態度の相違(1957年のエピソード)を、対立ではなく「すれ違い」として記述している部分である。

カミュは、身内の者に囲まれており、アルジェリアの現実の複雑性、人間同士のつながり、あってはならない決裂、問題の相対性を知覚していた。サルトルは、遠く離れたパリから、この紛争の本質をなすマクロな諸組織の構図を分析し、それらの組織を、善悪二元論的でわかりやすい、単純なやり方で対立させてみせた。・・・(だから)これはアルジェリアの出来事の二つの「物語」であって、どちらもどちらなのだ。
同書、p138。


 このように、コーエン=ソラルは両者を対等に描き、カミュとの論争に勝利し、アルジェリア解放にむけて第一線で闘った知識人、というサルトルの偶像を破壊しようとする。もちろん、これはこれで解り易い図式への還元であり、ひとつの戯画化ではあるのだが、ここで重要なのは、この「二つの物語」   個別の現実か一般的な価値判断か   である。現在のわれわれにとって、それは「どちらもどちら」で済まされる「すれ違い」などではない。むしろ、この二律背反をいかにして生きるかが迫られた課題となっている。それを考えれば、いま一度、当時のサルトルの議論を検討しておくのも悪くはない。