米軍に口唇裂を治してもらう貧しいベトナム人の子を前に反米を語れるのか?

innhatrang2008-06-25



今日は午前中、ビンフック・コミューンの小学校に行き、米海軍の医療船USNS Mercyの活動を視察してきた。


USNS Mercyは、もちろん本来は戦時に負傷兵を治療するための船なのだが、平時はこういう慈善医療ミッションを行なっていて、ニャチャンに来る前は、ベトナムのダナン、フィリピン、ミャンマーで活動していたらしい。

こんな巨大な船で、


http://navy.com/i/pic/healthcareopportunities/mercy_intropic.jpg(写真は米海軍のサイトhttp://navy.com/より)


中には1000人以上が入院可能な設備があり、医療スタッフだけで800人以上(!)が乗船している*1

今回のミッションでは、ニャチャン市内5箇所の小学校を順々にめぐり診療活動を行なっている。

各所で40人以上の医療スタッフが活動するのだが、興味深いことに毎日メンバーが交代する。

邪推かもしれないが、あまりにスタッフが多いのでこうしないと何も用事がないひとがでてくるのだろう*2


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では、これまで当地で2年間仕事してきた医者の目からその活動を評価してみる。

まず、患者は毎日500人以上が訪れる。



これは事前に県の衛生局が希望者を募ったものである。

患者リストを見たわけではないので、あくまで見た範囲内での判断だが、大半は腰痛とか高血圧とか、いわゆる「軽症患者」である。

言い換えれば、別にわざわざ米国医療団にみてもらわなくても現地の医者にかかれば十分なひとたちで、現に大半はすでにかかっているだろう。

たぶん患者は「世界の先端をいくアメリカの医者ならベトナムの医者よりもっといい治療をしてくれるにちがいない、無料だし行っておいて損はない」と思ってきているだけである。

もちろん、それは患者の権利であってそうするのは当然だが、実際にはそれほど違いがあるわけではない(そもそも一回の診療で治るわけではない)。

強いて言えば「アメリカ人の医者に診てもらったけど今の治療と同じだった」という安心感が得られることくらいだろう。

はっきりいえば、こうした患者層にはあまり貢献しているとはいえない。

ただ特筆すべきは、歯科治療と口唇・口蓋裂(兎唇)手術である。

学校の教室一部屋を、20人以上の医療スタッフが活動する歯科治療室に仕立て上げている。



たった一日でこれだけの医療設備を整えることができるのは軍隊より他はなく、ごく一部の国際NGOが太刀打ちできるかどうかだろう。

そして毎朝、口唇・口蓋裂の子供を例の医療船まで搬送し、総計100人の子供の手術を行なっている。

もちろん、すべて無料である。

ベトナムの小児医療は、基本的な健診や薬は無料だが、高度な手技を要する手術や歯科治療は有料である。

しかもニャチャンからは、450キロ離れたサイゴンホーチミン)までバスや列車で一晩かかって行かなくてはならない。

途上国とはいえニャチャンはそれほど貧しい地域ではないが、それでもその費用が払えずに治療を断念している人たちはたくさんいる。

その子供たちと両親にとって、この事業が大変な恩恵をもたらすものであることは間違いない。


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さて、視察を終えての感想。

先日も書いたように、到着当日は米共和党のジョン・マッケイン大統領候補の奥さんがプレスを従えて訪問するなど、極めて政治的な意味合いが強い(右上写真はAP通信の記事より引用。この両党の候補がそろった時期に、ベトナム戦争の英雄マッケインの奥さんが、かつての激戦地ニャチャンに上陸し子供の肩を抱く。しかもその子はご丁寧に「I LOVE NY」のシャツを着ている!)。

加えて、ごく短期間(わずか10日間)に過剰なヒト、モノ、カネを動員し派手な活動をするだけで、ベトナム本来の医療制度を完全に無視しており、なんらその発展に寄与することもない。

まったくもって、米政権のプロパガンダ事業に過ぎない。

NGO関係者の中には見に行ったというだけで眉をひそめる人もいるだろう。

しかし、たとえどんなにそこに不純な動機が見え隠れしようと、その結果、100人以上の貧しい子供たちが、いじめられて泣いたりせずに通りを走り回ったり、上手く喋ることができるようになったりすることは確かである。

果たしてわれわれは、この子たちの目の前でこのアメリカの事業はくだらないと言えるだろうか?

*1:今回はアメリカ、カナダ、オーストラリア、韓国などの共同ミッションで、各国からスタッフが派遣されている

*2:もちろん彼らはそう言わないが、でも、たぶんそういうことである。