柄谷行人を読む(4)『畏怖する人間』

 第1回目の今回は『畏怖する人間』をとりあげます。この作品は、柄谷の文芸評論家としてのデビュー作である「意識と自然   漱石試論」をふくむ、第一評論集です。

 この論稿の位置づけに関して補足しておきましょう。じつは柄谷にはこの「意識と自然」に先立って、「思想はいかに可能か」(1966年)、「新しい哲学」(1967年)という2つの論文があります。これらは柄谷が学生時代に書き、東大新聞五月祭賞の佳作を受賞したもので、現在の私たちは2004年に出版された『思想はいかに可能か』に収められたものを読むことができます*1。しかし残念ながら、両者ともに完成度は低く、とくに後者については論文の呈をなしていません。かろうじて前者については、「現実と幻想の峻別と二律背反」というモチーフがはっきりしており、そこに前期柄谷の萌芽をみいだすことはできるでしょう。実際に、そうした試みもあります*2。しかし、その後の柄谷の批評家としての達成があってはじめて、それ以前の作品にも意味を読み込もうとする意思が生ずるのであって、それを前提としなければ、これらの作品はたんに読むに耐えないものです。くわえて、これらにみられる断片的モチーフは、今回とりあげる『畏怖する人間』のなかで、もう少し洗練されたかたちで反復されています。したがって、ここではこの2作品の存在はあえて無視し、従来の解釈どおり「意識と自然」を柄谷の論稿群の開始地点とみなしたいと思います。

 本題に戻りましょう。この「意識と自然   漱石試論」(正確には漱石試論(I))は、1969年の群像新人文学賞を受賞した評論で、同年の「群像」に掲載されています。単行本化(1972年)に際しては大幅に書き換えられているようですが、私がここで行う作業は原典考証ではありませんので、掲載時の雑誌を探しだすまでの必要はないでしょう。ここでは1990年発刊の講談社文芸文庫版を参照することにします。*3。この論稿はそのサブタイトルが示すように、夏目漱石の作品を論じたもので、5つの節から構成された比較的短いものです。しかしながら、これを書いた時点での柄谷の思考が十分に整理されていないことと、当時の日本の文芸評論のスタイルに由来する読みにくさがあります。特に、キーワードを明確に統一せず、同じ概念がさまざまな言葉で言い換えられながら考察が進んでいく文章を読み通すのは、現在主流の社会科学的な文章に慣れた眼にはいささか根気を要する作業です。そこで、まずは用語にとらわれることなく、できるだけ流れを重視するかたちで論旨を要約しましょう。


要約:「意識と自然」

  • 漱石の長編小説は主題が二重に分裂している。これは小説の構成的破綻ではなく、そこに漱石自身の内在的条件があると考えるべきである。
  • 虞美人草』において、人間の「自然」は社会の規範と背立するという漱石のセオリーが示される。漱石の「自然」とは、規範の秩序と自然の秩序の間にあるグロテスクなものである。しかし、『虞美人草』の自然は自然法則であって、この「自然」ではない。
  • 『坑夫』の自分は、現実感を喪失している。この現実感とは、対象の知覚を統覚する「私」の同一性・連続性のことである。そしてそれは、同時に他者と通い合う根源的な関係性であり、関係性を回復することで現実感を取り戻す。漱石の小説では、倫理的な位相と存在論的な位相の二重構造が逆接している。
  • 『こヽろ』の先生の告白はたえず一瞬遅れる。そこには、自然主義的な告白に還元できない、人間が関係づけられ相互性として存在するときに見出す、「心理を超えたもの」がある。
  • 『道草』の健三は社会的に存在し、自らを他者として生きる。一方で、その背後に内部の世界がある。健三と妻の争いは、妻のヒステリーによって緩和される。ヒステリーとは「自然」が与えるものであって、この「自然」は『虞美人草』のそれとは異なる。
  • 『明暗』のお延には、実際を離れた観念は存在しない。お延にとって、理想家も現実主義者も肝心なものを避けて通っている。一方、小林は理想家だが、矛盾の意識なくして理想を語ることができない。漱石はそこに人間の倫理を見出している。


(続く)

畏怖する人間 (講談社文芸文庫)

*1:実際にはおなじ内容のものが、2002年に『柄谷行人初期論文集』というタイトルで批評空間社から出版されているが、現在、私たちが一般的に入手できるのは、この2004年にインスクリプト社から出版されたものである。このあたりの事情については、後者のあとがきに記されている。

*2:たとえばWeb CRITIQUEを参照のこと。なお、浅田彰「『柄谷行人初期論文集』をめぐって」で、「思想はいかに可能か」の「明晰」(三島由紀夫)/「自立」(吉本隆明)/「成熟」(江藤淳)の三角関係とそのいずれでもない中点という構図を、『トランスクリティーク』における市場(交換)/共同体(贈与)/国家(再分配)の三極構造とそのいずれでもないアソシエーションに重ね合わせ、柄谷の思考の連続性を指摘している。この文章はあくまでも『柄谷行人初期論文集』の紹介という意味合いが強く、浅田もこの短い文章で柄谷のすべてを論じたつもりはないだろうが、しかし、この重ね合わせはあまりにも図式的である(この三角関係じたいが図式的であることを割り引くとしても)。むしろ重要なことは、その不連続性、すなわち前者と後者では何が異なり、その間で何がおこったのかを明確にすることだろう。それこそが、柄谷行人柄谷行人的に読むことではないのか。この草稿での私の目的のひとつはそこにある。

*3:なお、引き続く作品についても、特に断りがなければ、できるだけ単行本としての初出版時のもの、あるいはそれにあまり手が加えられていないもので、かつ一般的に入手しやすいものを参照する。