柄谷行人を読む(32)『内省と遡行』『隠喩としての建築』

 続いて「隠喩としての建築」と「形式化の諸問題」です。「隠喩としての建築」は「群像」に1981年1月から8月まで連載された論稿です。5つの章から構成されていますが、内容的には第二章までの前半部と、第三章以降の後半部に分けることができます*1。もう一方の「形式化の諸問題」は、前者に引き続いて同年9月に「現代思想」に掲載されたもので、「隠喩としての建築」の後半部を再編集したものです*2。これらは短期間に連続して発表されたものであり、ひとまとまりの論稿群とみなすこともできますが、読解という観点からは「隠喩としての建築」前半部、同後半部、および「形式化の諸問題」という3つの部分に区切るほうが適当でしょう。


要約:「隠喩としての建築」

第一章 建築への意志

  • 隠喩としての建築は、混沌とした過剰な生成に対して、一切自然に負うことのない秩序や構造を確立することである。
  • 西洋的な知は、ある危機を回避するために厳密にして堅固な建築をうちたてようとするが、逆にそれが何一つ基礎をもたないという危機を見出すことに終わる。

第二章 隠喩としての建築

第三章 基礎論

  • 二十世紀において諸領域において顕在化し始めた変化を形式化とよぶ。
  • 形式化と形式主義は区別されなくてはならない。
  • 形式主義は厳密な形式化によって、外からではなく内部においてみずから否定されるほかない。
  • ゲーデル不完全性定理は、どんな形式的体系もそれが無矛盾であるかぎり不完全であることを証明した。
  • ゲーデル的問題は、形式化が本来的に建築への意志に根ざしているがゆえに生じる。

第四章 建築としての隠喩

  • 形式的システムの中では自己言及的なパラドックスが発生せざるをえない。
  • 言語は差異的な体系であるだけでなく、そのような体系自身に対する差異化も含む、自己言及的なシステムである。

第五章 レトリック

  • ペレルマンは西洋哲学史が二項対立の枠組みの中にあると同時に、独創的思想はこの逆転によって生じてきたと言う。
  • しかし実際にはこの逆転は、結果的に別の二項対立を作り上げてしまい、逆転自体を可能且つ不可避にしている決定不可能性を排除してしまう。
  • 示されるべきは、二項対立のなかでの逆転ではなく、分割の形成がまさに形式主義的に瓦解せざるをえないということである。


 「内省と遡行」同様、議論の流れを追ってみましょう。「隠喩としての建築」の前半部(第一章、第二章)では、まず「内省と遡行」で下向とよばれていたものが、建築という言葉に言い換えられます。ここでいう建築とは、混沌とした自然に対して、人間の作り出す構造を優先させる思考のことです。しかし、そのような建築を徹底的に追求していくとき、必ずその限界が見出されます。そのひとつの例が、ゲーデル不完全性定理です。つまり、建築的であろうとすればするほど、逆に建築が基礎をもたないことが示されてしまうのです。

 この前半部の議論のモチーフが、後半部(第三章〜第五章)で再展開されます。そこで鍵となるのが形式化と形式体系の区別です。前半部での建築の隠喩を用いるなら、形式化は建築作業のことであり、形式体系は建築物のことです。そして形式化を徹底するかぎり、形式体系は自己言及的な体系とならざるをえないとされます。これは、形式体系を成立させる根拠をその形式体系の内部に求めても見つからない、ということであり、形式体系の解体にほかなりません。柄谷は、この形式化によって形式体系が自己言及性に追い込まれ、解体されるというモチーフを、「ゲーデル的問題」とよんで一般化します。

 続いて、ベートソンのいうダブル・バインドに自己言及性が指摘されます。ダブル・バインドにおいては、メッセージ(オブジェクト・レベル)と、メッセージについてのメッセージ(メタレベル)という2つのレベルが混同されています。この2つのレベルの混同について問うことは、メタファーについて問うのと同じことです。なぜならこの問題は、言明が指し示しているのが実在の対象ではなく、他の言明であるがゆえに生ずる問題だからです。しかし、言明とは言明を指し示すものである、という前提から始まる思考は退けなくてはなりません。自己言及性とは、あくまでも言明が何を指し示しているのかを徹底的に形式化する限りにおいて不可避的に見出されるものなのです。

 そして最後に、二項対立が議論されます。例えば「現象/実在」という二項対立をみてみましょう。ここで第一項の「現象」はもろもろの現象であり、したがって個々の現象どうしを比較すれば、お互いに一致しない部分があります。しかし、この一致しない部分も含めてひとつのものとして統括されていなければ、「現象」という項は成立しません。この第一項の多様性を統括するのが、第二項である「実在」です。つまり、第二項は第一項にあらわれる差異を覆い隠す役割を果たしているのです*3。そして西洋哲学はこの二項対立に支配されていますが、単に対立する二項を逆転しても、二項対立の枠組は変わりません。したがって二項対立を単に逆転させるのではなく、その逆転そのものを可能にし、かつ不可避にしている決定不能性を見出す必要があるのです。

 以上が「隠喩としての建築」で展開されている議論です。先に述べたように、「形式化の諸問題」はその後半部を要約的に再構成したものです。したがって、そこで論じられているテーマや議論の構図は、前者とほとんど違いせん。ただ視点が微妙に変化していることに注意が必要です。それは、自己言及的な形式体系というものを、形式体系を破壊するものととらえるか、形式体系の成立の条件ととらえるかという違いです。両者の相違は、例えばゲーデル不完全性定理に関する次のような記述に端的にあらわれています*4


「隠喩としての建築」後半部

ゲーデル不完全性定理の:引用者補足)証明は複雑だが、要するに、彼は「形式主義」を外から解体したのではなく、それ自身の内部に「決定不可能性」を見出すことによって、その基礎の不在を証明したのである。……モリス・クラインがいうように、実際の数学の発展は“基礎”などに関知しない“応用数学者”によってなされており、また数学の発展はつねに“非合理的”になされてきたのである。
「隠喩としての建築」同書、p58。


「形式化の諸問題」

ゲーデル不完全性定理の:引用者補足)証明は複雑だが、要するに、彼は「形式主義」を外から解体したのではなく、それ自身の内部に「決定不可能性」を見出すことによって、その基礎の不在を証明したのである。しかし、これは、数学者にとって、モリス・クライン(「数学  確実性の喪失」)がいうように、絶望的なものだろうか。実際の数学の発展は“基礎”などに関知しない“応用数学者”によってなされており、また数学の発展はつねに“非合理的”になされてきたのである。
したがって、ゲーデルの不完全性の定理は、数学を不確実性に追いやったというべきではなく、むしろ数学に対して不当に要請されていた「確実性」から数学を解放したというべきであろう。いいかえれば、あたかも数学を規範にするようにみえながら、実際はそのことによって自らの基礎の不在をおおいかくしていた形而上学から、数学を解放したのである。
「形式化の諸問題」同書、p124。


 前者では「ゲーデル不完全性定理」は「数学の基礎の不在」を証明したものとみなされていますが、後者では「数学を確実性から解放した」とされています。つまり、「ゲーデル不完全性定理」が比喩的に指しているところの自己言及的な形式体系が、前者では単に形式体系を破壊するものであるのに対して、後者では単一の形式体系の根拠を破壊するが、同時にもろもろの形式体系の成立の根底にあるものとみなされているのです。この相違はとても些細なもののように見えますが、じつは重要な意味をもっています。これについては後で詳しく論ずることにし、ここではこのような視点の変化があるということだけ確認しておきましょう。


 それでは、以上をもとに、「隠喩としての建築」と「形式化の諸問題」の論点とその変化を整理してみましょう。「隠喩としての建築」前半部の議論では、形式化を徹底することで形式体系が解体され、形式体系の根底にある不確実性があらわになる、とされています。これは、構造を解体することでのみ差異性が見出される、という「内省と遡行」の最後の部分のモチーフと基本的に変わりがありません。それが後半部では、形式化の徹底によって自己言及的な体系が不可避的にあらわれるという議論になります。このとき自己言及的な体系は、形式体系を解体するものであって、それ以上のものではありません。これに対して「形式化の諸問題」では、自己言及的な体系は、形式体系の根拠を解体するものである一方、そこにおける自己言及性の禁止の結果として形式体系が成立するとされています*5。これは自己言及的な体系が、形式体系の成立の条件であるという見方と表裏一体です。それでは、自己言及的な体系から形式的体系が生み出されると言ってしまってもいいのでしょうか。この問題は、次の「言語・数・貨幣」に引き継がれることになります。


隠喩としての建築 (講談社学術文庫)
差異としての場所 (講談社学術文庫)

*1:柄谷は同論稿の第三章の最後に(注)として次のように記している。「私は昨年の八月から今年の三月までアメリカにいた。今年の「群像」新年号と二月号に連載された本論は、実質的には日本でかかれたものであり、滞米中私はそれを持続させることをさまざまな理由から困難に感じはじめた。今回の分は前回までの分とかなり変わってきていると思うが、結局この変化はこの間に私が考えたことによる。」「隠喩としての建築」『隠喩としての建築』、p67。

*2:同論稿の最後の付記より。「本稿は、ある必要があって拙稿『隠喩としての建築』を要約的に再構成したものです。後者と視点が異なるけれども、内容的に重複するところが多いこともおことわりしておきます。」「形式化の諸問題」同書、p152。

*3:この説明は柄谷自身のそれとは異なることを断っておく。

*4:いまさら断るまでもないと思われるが、柄谷自身も言うように、ここで「ゲーデル不完全性定理」はメタファーとして用いられているのであって、数学基礎論の内部の議論ではない。したがって、柄谷の数学基礎論の理解の不正確さを指摘したところで(それはそれで重要なことではあるが)、柄谷の議論そのものを批判したことにはならず、結果的に<批評>を延命させるだけのことになる。本草稿では、すでに方法論的批評について論じた際にも述べたように、批評対象(ここではゲーデル不完全性定理)に関する記述内容については判断を保留し(構造的還元)、柄谷自身の<批評>の構造を抽出する。では、柄谷は「ゲーデル不完全性定理」をメタファーとして何を議論していたのか。それは結論から言えば、言明の自己言及性に関する議論である。しかし実際のところ、「形式化」期を通じて言明の自己言及性は延々とメタフォリカルに問われるのみで、直接的な議論は一切なされていない。これについては間もなく論ずる。

*5:厳密に言えば「隠喩としての建築」の第五章で、自己言及的な体系の自己言及性を禁止することで形式体系が成立するという視点がでてくる。したがって、正確には「形式化の諸問題」は、「隠喩としての建築」の全体を、その第五章の視点から再構成したものというべきだろう。